■ 2014年2月4日、秋田駅、男鹿。
朝の秋田駅、男鹿半島。
午前中は男鹿線に乗る事にした。今回の旅程はこちら。。
あけぼの を秋田で降りる。
乗ってきたゴロンとシートは1号車で、機関車とのあいだの電源車を越えて、ホーム先頭に。たぶん、あけぼのも乗るのはこれで最後だろう。EF81をカメラにおさめる。
最終運転日まではまだちょっとあるのか、この時間の秋田駅ではカメラも少なく、ローズピンクをフレームに入れていたのは僕ともう2人くらいの高校生。
高校生たちの邪魔をしても仕方ない、なにか食べるものも買っておきたいし、駅舎に向かう。
駅舎までの歩いている途中、青森に向かいホームを離れるあけぼのを振り返ってレンズに収めた。
駅なのに、地方都市は朝が遅い。
まだメトロポリタン口は営業していなかった。駅のホームはもうなにもない。きっと夜行列車華やかなりし頃は、駅そばとか駅弁とかそういうのがあったに違いない。
跨線橋の売店もまだ営業していないし、「ドーナツかなぁ」と駅ビル トピコの1Fにいくと、
と、その前に振り返って駅舎を1枚。
駅ビルのトピコにはうどん屋さんがあって営業中。
「あったかいものはうれしいなぁ」とうどんを食べたのだけど、この先、朝ご飯=うどんorそばになる流れがここから始まった事に、このときの僕ははまだ気づいてなかったんだよね。
朝の男鹿線はちゃんと生活路線だった。
今日は火曜日。僕は休みだけどれど世間は朝夕に通勤通学がある平日だ。始発の秋田でもだいぶ席は埋まり、ボックスシートの後方車両は女子高生がグループになっていてお邪魔しずらい雰囲気。
沿線にはいくつか高校があるのだろう。いくつか違う制服の高校生が乗ってきたり、降りていったりする。
それぞれ学校ごとに男女間の距離とか、生徒が持っている雰囲気とか、地域性以上に学校性が出ていて面白い。
途中で小学生らしき子供たちも乗ってきたり、OLらしき人が通勤していたりと、男鹿線はちゃんと生活路線だ。
僕は前寄りのロングシートに座って男鹿までを過ごしたのだけれど、目の前にはやたらガタイのいい男子高校生が、お揃いのベージュのスノーブーツでスマホをいじっていた。途中で乗ってきた男子高校生も同じくベージュのスノーブーツで、ふと見渡すと同じ制服を来ていても線の細い学生は靴がまちまちだ。
なるほど、彼らはがたいの良さを考えると男鹿の水産高校なのだろう。ベージュのスノーブーツは彼らの中でのカテゴリ分けのシルシみたいなもんか、と想像する。ちょっと面白いものをみた。と勝手に想像して勝手に納得しておく。
男鹿に着き、ホームに降りて列車の先を見てみる。
以前はこの先の油槽にまで線路は続いていたらしい。
そう言えばがたいのいい高校生たちの件、うん、想像のうちの1つはどうやら正解で、彼らは男鹿の駅で降りて行った。
終点の男鹿で降りる乗客は、ほとんどが高校生だった。
折り返しの男鹿線と車内
男鹿での折り返し、さほど時間があるわけでなし、まだ商店が開くような時間でもないのでホームと車内で過ごす。雪が降っていて時おり、風に吹かれて吹雪く。
車窓といっても冬の日本海側、景勝を期待するのは違うよね、そういうのは秋に行けばいいんじゃないかな。
それでも列車が舞い上げる雪でまったく見えなくなるのはちょっと残念なので、折り返しでこんどは前よりになるクロスシートの車両に移動する。
窓は曇っていて、そこに指で書いた落書きが残っていた。空気自体にも人がたくさん乗っていた雰囲気が残っている。
学生はみんな降りてしまったはずなのに、通学列車の雰囲気だけはしっかり主張している車内。この列車で通学する学生たちがいるあいだは、男鹿線はきっとだいじょうぶ。
秋田へ戻る車窓、
刈り取った後の田んぼ行き違いか貨物か、使われなくなった側線
途中駅のホームの向こうの空き地。 八郎潟を干拓するための水門。
Update: 2014/05/29 19:55